当時日本では全然勝てず廃れていたサッカー日本代表が、デットマール・クラマーという名コーチによって見事に銅メダルを獲るまでのレベルにまで至った道のりは見る価値がありました。また、クラマー氏の組織論はサッカーだけでなく、ビジネスにも当てはまる部分があり、紹介しようかと思います。
コーチは選手と共にあるべき
日本蹴球協会(現日本サッカー協会)がドイツから来たクラマー氏のために洋風なホテルを手配したにもかかわらず、選手が寝泊りしていたクラマー氏が選手宿舎の日本旅館に行こうとし、反対された際に言った一言。選手と生活を共にすることで見えてくる部分があってそうしたのかと思います。厳しい指導だったらしいですが、選手の話では、寝ているときに布団からはみ出ていたら布団を掛けなおす、などの細かい気配りをするときもあり、寝たふりをして起きていた選手が感動しコーチのために一致団結したというシーンも。
これをビジネスに応用するとして、さすがに上司が部下と寝食をずっと共にするのはアレですが、部下に厳しくする一方でなく、常に気配りを忘れないという姿勢、大事ですね。普段から心がけてないと忘れがち。さらに上記のエピソードで言うと、ただ単に口頭で「モチベーションを上げる」と言っていてもなかなか上がらないのが現状で、そういうときのちょっとした心配りが垣間見えることで「この人についていこう!」的な気持ちが出る、ということもあるかもしれません。野球日本代表・星野監督のウィキペディアに書かれているエピソードもなかなか面白い。
現役時代から、先輩には「礼儀正しい」、後輩には「面倒見がいい」と人望が厚かった。当時は後輩から「怖い兄貴」という印象を持たれていたようである。 KOされた後輩投手を怒鳴りつけた後、すぐ「気分転換して来い!」とポケットマネーを渡したという話や、優勝した時に自腹でクラブを一件貸し切りにしてチームメートに振舞った話、日本語も何もわからずその身一つで来日した郭源治を公私に渡って面倒を見続けていた話など、人間関係に関する逸話は数知れない。星野仙一(Wikipedia)より引用
日本を研究し、日本人に合ったサッカーを
クラマー氏が来て日本代表のサッカーをはじめて見たとき、「サッカーと呼べるものではない」と語っており、ずっと基礎練習ばっかりを繰り返していました。まずは基礎を徹底的に叩き込む。しかしその中で着実に次のステップを見ていたというものです。基礎練習を見ながら、同時に日本人に合った独特のスタイルを考えており、基礎練習が終わった後のステップでは「背は低いがスピードはある」という特色を生かしたプレーや組織作りを目標としていきました。
あと、日本を知るために日本の書物もよく読んでおり、新渡戸稲造の「武士道」などを読み、「大和魂」が日本のプレーに必要であるということも言っていたのを覚えています。
独特のクセや強み・弱みを知り、それを基に次の戦略を練るというのは経営学で言う「SWOT分析」に似た部分もあると思いますが、基礎が大事なのはもちろん、大和魂という言葉を知る、など勉強熱心なところも伺えますね。
勝ったときは厳しく、負けたときは優しく
クラマー氏は試合に勝ったときは選手達に「ここのプレーは頂けなかった」など厳しく言い、負けたときには「こういう収穫はあった」と優しく言ったらしいです。「勝って兜の緒を締めよ」という言葉がありますが、勝ったときは気が緩みがちなので、そこで厳しい言葉をかけると気が引き締まるだけでなく、戦術的な要素を指摘すると飲み込みが早いそうです。逆に負けたときは何を言っても選手たちは聞く気にならない、と。実際負けたときは試合後ミーティングは手短に済ませていたらしいです。
一喜一憂ではなく、あくまで冷静に将来を見据えているからこそそうなれたのでしょうねえ。だからと言って決して冷徹だったというわけでなく、メキシコ五輪のときはコーチを既に引退していたものの日本が勝ったことについては涙し、疲労で疲れた選手達に味噌汁を作ってあげたらしいです。
と、まあ、ここまで立派な人間には私は到底なれっこないですが、常に心に留めておきたい姿勢です。
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