三国志・曹操らしき人物の墓が見つかるも「夏侯惇の墓ではないか」という説も

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昨年末、さりげなくこのニュースが気に掛かっていました。どうやら曹操の墓が見つかったらしい、と。

「三国志」曹操の陵墓発見 中国河南省、遺骨も出土 - 47NEWS(よんななニュース)

プレスリリースはこちら(中国語)。
曹操高陵在河南得到考古确认

曹操は、中国の三国時代(後漢末期〜晋の中間)に国の礎を築き、「治世の能臣、乱世の奸雄」と言われた人物で、将軍や兵法家としても有名な上、詩や文学などにも精通しているオールマイティ。

なのですが、横山光輝「三国志」や映画「レッドクリフ」でも献帝(当時の漢の皇帝)に対してはあまり忠誠心がない発言をしており、どちらかと言うと悪役に回っています。

ウィキペディアの記述によれば、こう書かれています。
曹操がどこに埋葬されていたかは長年不明で考古学的課題であったが、1998年に中国河南省安陽市安陽県安豊郷西高穴村で発見された後趙時代の武人の墓誌から、同村付近にあると推定され、2005年に発見された同地の大型古陵が墓誌に記された方位と「元和郡縣圖誌」と合致することから、曹操の陵墓とみなして発掘調査を進めた。この結果、約740平方メートルの面積の陵墓から、曹操を示す「魏武王」と刻まれた石牌など200点以上の埋葬品や60代前後の男性の遺骨と女性2人の頭部や足の遺骨が発見され、中国河南省文物局が曹操の陵墓であるということを2009年12月27日に発表、中国社会科学院など他の研究機関も曹操高陵と認定した。

が、今日の読売新聞を見ると「疑問説」が書かれるなど、実際の真偽の程は・・・論争が続いているようです。「盗掘対策として焦りすぎたのではないか。もっと検証が必要なのでは」など。

そんな中、こんな記事を見つけました。
“曹操の墓”断定に反論、「魏の武将・夏侯惇の墓の可能性」 2010/01/05(火) 16:18:07 [サーチナ]
夏侯惇は曹操と親族にあたり、信頼も大きかったというのは三国志の関連文献を見れば分かるのですが、墓に残されているものは一振りの剣だけだったという記述もウィキペディアに残されているなど、全体的に見てまだまだ謎が残ります。

何しろ1800年前のことなので、これからも焦らずじっくり考古学を続けていって欲しいなぁと思う限りです。
posted by teraitakeshi at 2010年01月05日22:21 | Comment(0) | TrackBack(0)




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